五圧腺チルパーク

「こっちよ、きっと来てくれると思ってたわ」
二十歳そこそこの娘と十一歳くらいの男の子が、突然こちらの手を引っ張って広場の奥へと進んでいく。
わたしは薄緑色の階段を降りながら、ところどころに散らばって置いてある、人形とシャンプーと男女共用の下着と歯磨きやクリームなんかが厚紙の台紙に配置されていて、それらの物品の形に合わせて型抜きしてある透明なプラスチックのカバーがついてる、まるでおもちゃのセットのような旅行パックを、踊り場市場の店先から失敬しようとしていたところだったのに。
妻の声も姿もそばにあったし、「神や新しいフレーズ」という名前の、屋内階段で吸うために販売されている煙草の中では画期的に軽くてうまいやつをふかしては、列車に向かって登り降りしていたところだった。気付くと手の中には煙草はない。その辺が画期的というわけではなかったはずだが、それにももう自信が持てないでいる。「はやく隠れなきゃ。これを」と言って娘がやけにでかい腕時計を渡して来る。OMGOGIEとある。文字盤の裏に黒マジックで何か書いてありその上からセロテープが貼ってある。
それを受け取って手の平に置いて眺めると、情景が思い浮かぶ。
いろんな色に変わる空を背景にして、昔のオランダの農夫の格好をした大勢の人たちが、時計に砂をかけている。椅子にすわった足下のバケツに何かあるのか。そのバケツに時計を入れている。その中のひとり、背の高い二十代後半の女にクローズアップする。彼女はスカーフをターバンのように巻いて、脚先まですっぽりと布に覆われている。スカートではなくすごくたっぷりしたはかまのような服だ。彼女の目は両目が別々に動いている。そう思ったら焦点を合わせ冷静に周りを見渡す。ここでも花火が上がって、それを目で追うと今が夕方だというのがわかる。
時間を無駄にはできないはずだ。が、とても落ちついてゆったりとして、わたしたちはテーブルに置かれたガス入りの水をコップに注ぐ。水の入ったガラスのボトルは、ほれぼれとするなめらかさだ。
「それが昔のチルパークなんです」娘が教えてくれる。男の子は背負ったカバンを下ろし、抱え込むように座って中をごそごそ探っている。ロボットとザリガニを取り出して闘わせるようにして遊ばせている。そして、顔を上げてこちらを向いて「もうだいじょうぶだよ」と言った。
わたしは彼らのそばに腰を下ろして、レーズン・パンの残りを口に入れる。